
匿名性、顔を隠す、明かさない、というSNSではよく見られる現象。
私の場合SNSの実名垢やブログもやってるから匿名などあって無いようなモノなのだが普通は匿名でやるのがネットという文化だと思う。
擬人化とは演技。
俗に言うパーソニフィケーション。
先に言っときますけど別にそれが私のフェチシズム、性癖というわけではありません。
が、誰しもが自然と使いこなし持ってるものではないのではないかと思うんです。
例えば私は匿名ではないけどネットでは匿名が多いよね、それだって一つの擬人化。
擬人化してるわけだからどんなキャラにもなりきれる。
特にアダルティなのは匿名という体裁を装っていたほうが良いとすら思う。
匿名ならどんな見た目の人間であろうと関係ない、実物の人を出してしまうと妄想の余地が生まれない、想像の余地こそ性の原動力だ。
例えばオペラ座の怪人や東野圭吾氏の仮面舞踏会を読んだことがありますか?
どちらも仮面を付けて男女と出逢うというシーンがある、そもそも何故そんなイベントが存在するか。
最近はマッチングアプリとか結婚相談所、古く遡ればお見合い写真、SNSでさえも実名と顔出しして堂々と出会うというのが主流と言えるがこういう匿名性も古くから存在する。
それはあえて隠すことで人はリビドー、性的興奮を覚えるからですよ。
普段の己を隠すことで自分の気づかない性的衝動を覚え、一夜を過ごす、それが今で言うSNSなどのネット環境だと私は考えてます。
事実、実際にイメージプレイ、通称イメプというキャラを演じてSNSで遊ぶプレイというのが一部人気がある。
つまり隠すことに性的興奮を覚える要素が人間にはあるんです。
普通に考えたらこういうアダルティなことを公然の場所で言ったらただのセクハラ。
SMだってまかり間違えばただの暴力。
公になると、マジョリティはドン引きするのは必至、でも男女の信頼関係と隠すからこそ嗜虐や被虐が満たされ興奮する要素となり得る。
それでリビドーが解放されてる人もいるのではないでしょうか?
隠し事こそ男女関係の本質
最近は男女の関係、有名な人ほど可視化させ、取り上げたりしがちだけど、正直二人の関係において邪魔でしか無いし下賤だと私は思う。
なぜなら隠し事こそ男女関係の本質と言えるから。
例えば文学で知らぬものなしのシェイクスピアの作品、ロミオとジュリエットは知ってますか?
映画や文学などのすべての恋愛物語はこのロミオとジュリエットがルーツになってます。
モンタギューとキャピュレットとという仲の悪い両家の対立故、許されないロミオとジュリエットの悲恋の物語。
だけど、そもそもなぜ二人はあそこまで燃え盛る恋をしたのか、それは良くも悪くも許されない関係性だったからこそ、つまり両家の仲の悪さがある種のスパイスになっていたのだと私は読んで思いました。
これが可視化されてたらあそこまで盛り上がってないでしょう。
文学、フィクションと思うかもしれないが文学とは人のリビドーを開放する場でもある。
つまり人間が本来持っている根源的欲求を文字というもので表現してる場所。
そして文学というフィクションに限らず、現実でもそういう秘め事の関係というものはある時点でお察しということ。
つまり秘め事と男女関係は比例関係にあるんです。
まとめ
匿名とはスパイス。
隠し事は味付け。
それでマゾヒズムや加虐や被虐を満たすなんてカップルやパートナーがいる。
あなたがもし秘めたる、明かせない性癖を持ってるならこの考え方を持ってると満たし会えるパートナーとネットで繋がる可能性があるかもしれませんよ!